トリマーの低賃金問題を、現場から考える
「給料が安い」トリマー同士で集まると、そんな話になることがあります。でも、不思議なことに「私は手取り〇万円です」と正直に話す人はあまりいません。
「自分だけが安いのかもしれない。」
「他のサロンはもっともらっているのかもしれない。」
そんな不安があっても、お互いに深く聞くことはありません。だから、いつの間にか
「これが普通なんだ」
と思い込んでしまうのです。しかし、本当にそれは普通なのでしょうか。
「好きだから」で片付けられてしまう仕事
トリマーという仕事は、犬が好きでなければ続けられません。毎日、犬と向き合い、一頭一頭の性格を理解し、その子に合ったトリミングを考える。
怖がりな子には無理をさせず、シニア犬には体調を気遣いながら、少しでも負担を減らせるように工夫する。ただ毛を切るだけではありません。
犬の小さな変化に気付き、皮膚や耳、しこりなどの異変を見つけることもあります。だからこそ、この仕事には専門的な知識と経験、そして大きな責任が伴います。
それにもかかわらず、現場ではこんな言葉を耳にすることがあります。
「犬が好きだから、このくらい頑張れるよね。」
「好きで選んだ仕事なんだから。」
もちろん、犬は好きです。
でも、「好き」という気持ちだけで生活はできません。犬を大切に思う気持ちと、安心して働ける環境は、本来まったく別の話です。
好きだからこそ、長く働き続けられる環境が必要なのではないでしょうか。
給料に含まれていない仕事が、あまりにも多い
トリマーの仕事は、予約時間だけでは終わりません。朝は開店前に出勤し、掃除をして、犬舎を整え、タオルを準備し、お客様を迎える準備をします。
営業が終われば終わりではなく、今度は店内の片付けや消毒、洗濯、カルテの記入、翌日の予約確認。
新人であれば、そのあとに練習が始まることもあります。これらはトリマーにとって「当たり前」の仕事です。
でも、その時間がすべて勤務時間として扱われている職場は、決して多くありません。
ここで、一度計算してみてください。月給18万円、週5日勤務、1日8時間労働の場合。 時給換算で、約1,125円。でもトリマーの現場では、給料に含まれない時間が存在します。
最近では、SNSの更新や写真撮影までトリマーが担当するケースも増えています。犬のトリミングだけに集中できる仕事ではなくなっているのです。
こうした見えない仕事が積み重なることで、
「思っていたよりも長時間働いている」
と感じるトリマーは少なくありません。
そして、その努力が給料に反映されているかというと、必ずしもそうではないのが現実です。
「2時間あれば終わるよね」
この言葉に、苦しんだことはありませんか。予約表を見ると、
毛玉だらけの大型犬。
シニア犬。
人が苦手で、少しずつ慣らしながら進めなければいけない犬。
トリマーなら、その子を見た瞬間に「今日は時間がかかる」と分かります。でも、予約時間は変わりません。犬の状態を知らないまま予約が組まれ、
「時間内で終わらせること」
が優先される。
現場では、犬の安全を優先したい気持ちと、次の予約が迫る焦りの間で葛藤しながら仕事をしています。これは技術の問題ではありません。
現場を知らないままスケジュールが決まってしまうことが、トリマーを苦しめているのです。

技術は上がっているのに、給料が変わらない理由
「経験を積めば給料は上がるよ。」
新人の頃、そう言われたことがある人は多いのではないでしょうか。
最初はシャンプーしか任せてもらえなかったのに、数年後にはカットもできるようになり、噛み癖のある犬やシニア犬も担当するようになる。
お客様から指名をいただけるようになり、
「あなたにお願いしたい」
と言われることも増えていきます。
トリマーとして確実に成長している。それは自分でも実感できます。ところが、給料はどうでしょうか。
「思っていたほど変わらない。」
そう感じている人は少なくありません。もちろん、すべてのサロンがそうではありません。
しかし、多くのサロンでは
「何ができるようになれば昇給するのか」
という基準が明確ではないのが現状です。
カットができるようになった。
指名が増えた。
売上に貢献している。
後輩を指導する立場になった。
それでも、給与明細を見ると数年前と大きく変わっていない。
これでは、
「もっと成長したい」
という気持ちよりも、
「頑張っても変わらない」
という諦めの気持ちが生まれてしまいます。
努力が正しく評価される仕組みがあるかどうか。それは、長く働きたいと思える職場かどうかを左右する、とても大切なポイントではないでしょうか。
「辞めたい」のではなく、「このままでは続けられない」
トリマーは犬が嫌いになって辞めるわけではありません。
犬が好きだから、この仕事を選んだ。
トリミングも好き。
お客様に喜んでもらえることも嬉しい。
だからこそ、辞めるという決断は簡単ではありません。それでも、多くのトリマーが業界を離れていきます。その理由は、一つではありません。
腰や膝に痛みを抱えながら働いている人。手荒れがひどく、薬を塗りながらハサミを握っている人。休憩が十分に取れず、毎日時間に追われている人。
責任は増える一方なのに、将来の生活が想像できない人。
「あと5年、この働き方を続けられるだろうか。」
そんな不安を抱えながら仕事をしているトリマーは決して少なくありません。好きだから続けたい。
でも、現実を考えると続けられない。このギャップこそが、今の業界が抱える大きな課題なのです。
優秀なトリマーほど、業界を離れてしまう
経験を積んだトリマーほど、できる仕事が増えます。
犬を落ち着かせる技術。
飼い主さんへの説明。
皮膚トラブルへの気付き。
後輩の指導。
その経験は、お金では簡単に買うことのできない財産です。
しかし、その経験を持った人ほど、別の仕事を選ぶケースがあります。なぜでしょうか。
他業種へ転職した方が収入も休日も増える。結婚や出産を考えたとき、今の働き方では将来が不安。身体への負担を考えると、長く続けられる自信がない。
そんな現実があるからです。
本来なら業界を支える存在になるはずのベテラントリマーが次々と離れていく。これは、一人の問題ではありません。
業界全体の大きな損失です。経験豊富なトリマーが減れば、若い世代に技術を伝える人も減ります。
結果として、新人が育ちにくくなり、さらに人手不足が進む。今、トリマー業界ではこの悪循環が起きています。
その影響を受けるのは、犬と飼い主さんです
「トリマーの給料」の話は、働く人だけの問題だと思われるかもしれません。でも、本当にそうでしょうか。人手不足が続けば、一人のトリマーが担当する頭数は増えていきます。
時間に追われる中では、本来もっと時間をかけてあげたい犬にも十分な時間を割けなくなることがあります。
経験豊富なトリマーが減れば、難しい犬に対応できる人も少なくなります。新しい技術や知識を教える人がいなければ、業界全体の技術向上にも影響します。
つまり、働く環境の問題は、最終的に犬たちへと返っていくのです。私たちは犬の幸せを守る仕事をしています。
だからこそ、トリマーが安心して働ける環境をつくることは、犬のためでもあると考えています。

業界を変えるために、本当に必要なこと
トリマーの低賃金問題について話すと、
「給料を上げれば解決する」
という意見を耳にすることがあります。もちろん、適正な給与はとても大切です。
しかし、それだけで業界が変わるわけではありません。本当に必要なのは、トリマーという仕事が「専門職」として正しく評価されることです。
トリマーは、犬の命を預かる仕事です。
犬の小さな変化に気づき
皮膚や耳、目の状態を確認し
その日の体調を見極めながらトリミングを進めています。
ときには、トリミング中に異変を発見し、病院の受診につながるケースもあります。ただ毛を整えるだけではない。犬の健康を守る役割も担っている仕事です。
それだけ責任のある仕事でありながら、
「犬が好きだから」
「かわいい仕事だから」
というイメージだけが先行し、専門職としての価値が十分に伝わっていないように感じます。
だからこそ、働き方や待遇についても、
「好きだから仕方ない」
と考えるのではなく、専門職にふさわしい環境を整えていく必要があります。
「我慢すること」が当たり前になっていませんか
トリマーの世界には、昔から「我慢することが当たり前」
という空気がありました。
休憩が取れなくても仕方ない。
残業して当たり前。
手荒れや腰痛は職業病だから仕方ない。
給料が安いのも経験を積むためだから仕方ない。
そうやって、たくさんのトリマーが自分の気持ちを押し殺しながら働いてきました。
でも、本当にそうなのでしょうか。犬に優しいトリミングを目指すのであれば、まずトリマー自身が安心して働ける環境であることも大切です。
疲れ切った状態で、犬に100%向き合うことは簡単ではありません。
だから私たちは、「我慢すること」を美徳にする業界ではなく、
「安心して長く働けること」が当たり前の業界になってほしいと考えています。
一つのサロンだけでは、業界は変わりません
働きやすいサロンが一店舗増えたとしても、それだけで業界全体が変わるわけではありません。
でも、その一店舗が「こんな働き方もあるんだ」
という新しい基準になれば、少しずつ周りにも影響を与えていくことができます。
評価制度を整えるサロンが増える。
技術だけでなく人を育てることを大切にするサロンが増える。
トリマーが長く働ける環境を本気で考えるサロンが増える。
そんなサロンが全国に少しずつ増えていけば、今の「当たり前」はきっと変わっていくはずです。
業界を変えるのは、一人の力ではありません。同じ想いを持つ人たちが少しずつ増えていくことで、初めて大きな変化につながります。
まとめ
この記事は、誰かを責めるために書いたものではありません。
「この業界はダメだ」
と伝えたいわけでもありません。私たちは、この仕事が好きです。
犬と向き合い、飼い主さんに喜んでいただけるトリマーという仕事に誇りを持っています。だからこそ、この仕事を諦めたくありません。
「好きだから続ける」のではなく、
「好きだからこそ、安心して続けられる」。
そんな業界になってほしいと心から願っています。トリマーは、犬の命と健康を支える大切な専門職です。
その仕事に見合った評価を受け、将来に希望を持ちながら働ける環境をつくることは、働くトリマーのためだけではありません。
犬たちのためにも、飼い主さんのためにも、必要なことだと私たちは考えています。業界は、一日で変わるものではありません。
それでも、一人が声を上げ、一つのサロンが行動を変え、その輪が少しずつ広がっていけば、未来はきっと変えられるはずです。
知る人が増えれば、業界は変わる。
