なぜトリマーは「おかしい」と言えないのか?

「この働き方、本当に普通なのかな?」

トリマーとして働いていると、一度はそんな疑問を抱いたことがあるのではないでしょうか。

休憩を取る時間もなく、一日中ハサミを握り続ける。閉店時間を過ぎてもカルテを書き、片付けを終えて帰宅する頃には、予定より何時間も遅くなっている。

そんな毎日を送りながら、「この働き方、おかしくない?」と思ったことがある人は少なくないはずです。

それでも、多くのトリマーはその気持ちを口にすることができません。同僚に相談しようとしても、「みんな頑張っているから」と思い直してしまう。

オーナーに伝えようとしても、「空気が悪くなるくらいなら我慢しよう」と飲み込んでしまう。

SNSで発信しようとしても、「もし勤務先に知られたら」と投稿画面を閉じてしまう。こうした経験は、決してあなただけではありません。

そして、この「言えなかった」という経験の積み重ねが、トリマー業界の課題を見えにくくしています。

声を上げられないのは、勇気が足りないからでも、根性がないからでもありません。トリマー業界には、そう簡単には声を上げられない”構造”があるのです。

「言えない」のではなく「言えなくなる」業界

トリマー同士で話をしていると、よく耳にする言葉があります。

「結局、どこのサロンも同じだった。」

もちろん、すべてのサロンがそうではありません。労働環境の改善に取り組み、スタッフが長く働ける職場づくりをしているサロンもあります。

しかし、多くの人が「どこへ行っても変わらない」と感じてしまうのには理由があります。

転職によって、人間関係が改善することは確かにあります。優しい先輩に出会えることもあれば、相談しやすいオーナーのもとで働けることもあるでしょう。

しかし一方で、給与や休日数は大きく変わらず、慢性的な人手不足による忙しさも変わらない。朝から晩まで休憩が取れない毎日や、閉店後のサービス残業も、以前とほとんど変わらなかった。そんなケースも少なくありません。

「職場は変わった。でも働き方は変わらなかった。」

そう感じた経験がある人ほど、「この業界はどこも同じなんだ」と思い込んでしまいます。

そんな経験を何度も繰り返せば、「改善を求めても意味がないのではないか」という気持ちが強くなっていきます。

「また転職しても同じかもしれない。」

その気持ちは、やがて「声を上げるより我慢した方が楽だ」という諦めへと変わっていきます。

問題がなくなったのではありません。問題を変えられるという期待を失ってしまうのです。

比較する基準がない専門職

トリマーという仕事は、専門学校を卒業し、そのまま業界へ入る人がほとんどです。そのため、他業種の働き方を知る機会があまりありません。

だからこそ、現場で違和感を覚えても、「これって本当に普通なのかな?」という判断が難しくなります。

「トリマーはみんなこんなもの。」

「昔からそうだから。」

そんな言葉を繰り返し聞いているうちに、最初は疑問だったことが、少しずつ”当たり前”へと変わっていきます。

本来であれば改善を求めるべきことまで、「これがこの仕事なんだ」と受け入れてしまうのです。

「昔からこうだから」が普通になる

どんな業界でも、「昔はもっと大変だった」という話はあります。しかし、その”昔”が、今も変わらず続いていることが正しいとは限りません。

一般企業では、働き方改革や労働環境の改善が進み、残業時間や休日の見直し、ハラスメント対策などが少しずつ整備されてきました。

一方で、トリマー業界では「修行」「経験」「根性」といった考え方が、今もなお働き方の中に色濃く残っている場面があります。

もちろん、技術を身につけるために努力することは必要です。しかし、それと長時間労働や休憩が取れない環境を受け入れることは、まったく別の問題です。

業界全体の基準が低いままであれば、その中にいる人ほど違和感を持ちにくくなります。

そして、その違和感が失われることこそが、この問題の本当の怖さなのかもしれません。

トリマーが声を上げられない3つの理由

① 業界が狭く、人とのつながりが強い

トリマー業界は、外から見ている以上に人とのつながりが強い世界です。

専門学校の先輩・後輩。

メーカーや問屋の担当者。

セミナーやトリミング競技会。

そして近年では、InstagramなどのSNSを通じて、サロン同士がつながることも珍しくありません。本来、人とのつながりは決して悪いことではありません。

新しい知識を学び、情報交換ができる貴重な財産です。しかし、その一方で、「どこかで誰かとつながっている」という環境が、声を上げることへの心理的な壁になることがあります。

「辞めた後に悪く言われるかもしれない。」

「転職先にも話が伝わるかもしれない。」

「SNSで発信したら、勤務先が分かってしまうかもしれない。」

実際にそうなるとは限りません。それでも、その可能性が頭をよぎるだけで、人は慎重になります。

トリマーが声を上げにくいのは、勇気が足りないからではありません。声を上げた後のリスクを、現実的に考えざるを得ない環境だからなのです。

②「修行だから」が疑問を飲み込ませる

トリマーの世界には、今もなお「修行」という考え方が根強く残っています。新人の頃は、技術を覚えることに必死です。

先輩から教わり、オーナーから学び、一人前になるために経験を積んでいく。そのこと自体は決して悪いことではありません。

問題なのは、「修行だから」という言葉が、働き方への疑問まで飲み込ませてしまうことです。

「まだ新人だから仕方ない。」

「先輩も同じようにやってきた。」

「一人前になるまでは我慢するもの。」

そんな言葉を聞き続けていると、働く環境への違和感まで、「自分が未熟だから」と考えるようになってしまいます。

もちろん、技術を身につけるには努力が必要です。

しかし、技術を教えてもらうことと、不適切な労働環境を受け入れることは、本来まったく別の問題です。

それにもかかわらず、現場ではその境界が曖昧になりやすく、「教えてもらっている立場だから言えない」という空気が生まれてしまいます。

その結果、本来であれば改善されるべきことまで、「修行だから」という一言で片付けられてしまうのです。

③相談できる相手がいない

多くのトリミングサロンは、小規模で運営されています。スタッフは数名程度。オーナー自身も現場に立ち、お客様対応からトリミング、経営までを担っています。

だからこそ、働き方について相談したいと思っても、その相手がいません。一般企業であれば、人事部や相談窓口など、直属の上司以外に相談できる仕組みがあります。

しかし、多くのトリミングサロンでは、そのような体制が整っていません。相談したい相手が、改善を求めたい相手でもある。

同僚も同じ悩みを抱えていて、「私もそうだから」と話が終わってしまう。

その結果、多くのトリマーは問題を抱えたまま働き続けるか、退職するかという二択になってしまいます。

この「相談できる場所がない」という構造も、声を上げにくくしている大きな理由の一つです。

気づけば「自分が悪い」と思い込んでしまう

仕事が終わらない。休憩が取れない。

そんな毎日が続くと、本来であれば「働き方に問題があるのではないか」と考えても不思議ではありません。

しかし、多くのトリマーは、そう考える前に自分を責めてしまいます。

「自分の技術が足りないから。」

「もっと手際が良ければ終わるはず。」

「先輩はできているのだから、自分の努力不足なんだ。」

向上心を持つことは、とても大切です。だからこそ、多くのトリマーは人一倍努力します。営業時間前に練習し、営業時間後にも練習し、休日にはセミナーへ参加する。

犬のため、お客様のため、そして一人前のトリマーになるために、自分の時間を削りながら努力を続けています。しかし、それでも改善しない問題があります。

慢性的な人手不足。

無理のある予約の取り方。

休憩を確保できない勤務体制。

こうした問題は、個人の努力だけでは解決できません。にもかかわらず、「もっと頑張ればできるはず」と自分を責め続けてしまえば、本来見直すべき職場の仕組みは変わらないままです。

努力で変えられることと、環境を変えなければ解決しないこと。その違いを知ることは、自分自身を守ることにもつながります。

「好きだから」は我慢する理由にならない

トリマーなら、一度はこんな言葉を聞いたことがあるかもしれません。

「犬が好きなんだから頑張れるよね。」

「好きで選んだ仕事なんだから。」

「やりがいがある仕事なんだから。」

もちろん、犬が好きだからこそ続けられる場面はたくさんあります。仕事に誇りを持つことも、とても大切です。

しかし、その「好き」という気持ちが、労働環境の問題を見過ごす理由になってはいけません。

好きな仕事であることと、適正な給与や休日、安心して働ける環境が整っていることは、まったく別の話です。

「好きだから我慢できるはず。」

そんな考え方が当たり前になると、本来改善すべき問題まで、個人の覚悟や根性の問題として処理されてしまいます。

仕事への情熱は、働く人を守るためにあるべきものです。決して、我慢を強いるための言葉ではありません。

業界を変える第一歩は「知ること」

ここで、一度考えてみてください。トリマーが何も言わずに辞めていくことで、一番困るのは誰でしょうか。もちろん、現場では人手不足になります。

残されたスタッフの負担も増えます。しかし、辞めた理由が外に伝わらなければ、「また一人辞めた」という事実だけが残ります。

低賃金だったこと。

休みが取れなかったこと。

人間関係に悩んでいたこと。

その背景は見えないままです。

すると、同じ環境のまま新しい人が入り、また同じことが繰り返されます。問題が解決したのではありません。

問題を抱えた人が業界を去ることで、その問題自体が見えなくなっているだけなのです。これでは、改善が進まないのも当然でしょう。

あなたが弱いわけではない

この記事で一番伝えたかったことがあります。それは、もし今働きながら「何かおかしい」と感じているのであれば、その感覚を大切にしてほしいということです。

長く同じ環境にいると、人は少しずつ慣れてしまいます。最初は違和感だったことも、いつしか「これが普通なんだ」と思うようになります。

でも、その「普通」は、本当に普通でしょうか。毎年、多くのトリマーが同じ理由で悩み、同じ理由で業界を離れています。

それは、一人ひとりの弱さでは説明できません。同じ問題が繰り返されている以上、そこには業界全体で向き合うべき課題があります。

私は、「みんなで声を上げよう」と言いたいわけではありません。それが簡単ではないことを、現場で働くトリマーが一番よく知っているからです。

だからこそ、まず必要なのは、「こういう構造がある」ということを知ることです。知る人が一人増え、また一人増える。その積み重ねが、「これが当たり前」という空気を少しずつ変えていきます。

まとめ

トリマーが声を上げられないのは、決して勇気や努力が足りないからではありません。業界の構造や文化、人とのつながりなど、さまざまな要因が重なり、「おかしい」と感じても言えない環境が生まれています。

だからこそ大切なのは、「これが当たり前ではない」と知ることです。

トリマーが安心して働ける環境は、働く人のためだけではありません。経験を積んだトリマーが長く活躍できることは、飼い主にとっても、犬たちにとっても大きな安心につながります。

トリマーが働きやすい業界は、結果として、より良いトリミングができる業界でもあるのです。

「おかしい」と感じたその感覚を、どうか大切にしてください。その小さな気づきが、より良いトリマー業界への第一歩になるはずです。

知る人が増えれば、業界は変わる。


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